数学研究ログ 第010回「論文を入口に学び直す初等関数~第1回:論文に並んでいた数学のツールセットを、一つずつ学び直したい~」

Xで流れてきた論文が気になった

今回の出発点は、自分で文献を探していて見つけた論文ではない。
Xを見ていたときに arXiv の論文が流れてきて、その内容が強く気になった。論文のタイトルは All elementary functions from a single operator。2026年4月の論文である。

最初は、「何か面白い主張をしていそうだ」と思って気になった。けれど、少し中身を見てみると、僕が引っかかったのは結論そのものだけではなかった。そこには、数学で何度も出会う関数や演算が、ひとまとまりのものとして並んでいたからだ。

どんな論文なのか

この論文の中心的な主張は、
eml(x, y) = exp(x) – ln(y)
という二項演算と、定数 1 だけで、科学計算機で使う標準的な初等関数のレパートリーを再構成できる、というものだ。

要旨では、sincoslog のような関数は本来それぞれ別の操作として扱われてきたが、それらが一つの演算にまで縮約できると述べられている。さらに、e^x = eml(x,1)ln x の EML 表現の例も、冒頭で示されている。

論文の導入では、こうした初等関数が STEM 教育の基本語彙であり、科学計算や数値計算の実務でも広く使われていることが説明されている。そのうえで、論理回路における NAND ゲートのように、連続数学にも「一つで全部を生み出せる基本演算」があるのか、という問いが立てられている。著者の答えが EML であり、論文ではこれによって通常の科学計算機に相当する機能が得られると論じられている。

この時点でもう十分に面白い。けれど、僕が本当に強く引っかかったのは、そこに至るまでに並んでいる関数や演算の方だった。

僕が引っかかったのは、結論そのものよりも並んでいる道具の方だった

この論文のいちばん派手な部分は、「一つの演算で全部書ける」という結論だと思う。
けれど、僕が最初に気になったのはそこだけではなかった。むしろ、その前に並んでいた関数や演算の一覧を見て、「これは数学で使う道具がまとめて並んでいるのではないか」と感じた。

論文は、抽象的に「初等関数一般」を語るのではなく、まず科学計算機で使う具体的な関数群を出発点として固定している。導入では、古典的な exp-log の見方や Euler の公式によって、掛け算や三角関数が指数関数・対数関数と深くつながっていることにも触れながら、それでもなお計算機では多くのボタンが並んでいる、という問題意識が示されている。

この視点が、僕にはとても面白く感じられた。
ふだんは別々の機能として見ているものが、実はかなり深いところでつながっているかもしれない。そのことを、論文は最初から強く意識させてくる。

この論文でいう「初等関数」は、かなり具体的に決められている

論文の Table 1 では、この論文で扱う「初等関数」の具体的な出発点が明示されている。そこには定数や変数として π, e, i, -1, 1, 2, x, y、単項関数として exp, ln, inv, half, minus, sqrt, sqr, σ、さらに sin, cos, tan とその逆、sinh, cosh, tanh とその逆、二項演算として +, -, ×, /, log, pow, avg, hypot が並んでいる。総数は 36 個で、論文はこの具体的なリストを「科学計算機の立場から見た初等関数」の出発点として使っている。

僕はこの表を見たとき、これは単なる一覧ではなく、数学のツールセットとして読めると思った。指数関数、対数関数、平方根、三角関数、逆関数、双曲線関数。どれも、数学をやっていると何度も出会う道具ばかりである。

しかも、この一覧は「何を学べばよいか」をかなり具体的に示してくれる。
数学の学び直しをしようとしても、範囲が広すぎると手が止まりやすい。けれど、こうして対象が最初からはっきり並べられていると、少なくとも「どこを見ていけばよいか」が見えやすい。

僕は、その道具をまだ十分には使いこなせていない

もちろん、名前だけなら知っているものは多い。
sincos は見たことがあるし、logln もまったく初めてではない。けれど、定義を自分の言葉で説明できるか、どの範囲で使えるのかを理解しているか、ほかの関数とどうつながっているかを説明できるかと言われると、僕にはまだ足りない部分が多い。

見たことがあることと、使えることは違う。
記号として知っていることと、道具として理解していることも違う。

だからこの論文を見たとき、僕は「面白い論文を見つけた」と思うのと同時に、「ここに並んでいる道具を、一つずつちゃんと理解していく良い機会ではないか」と思った。論文を読むことそのものも大事ではあるが、僕にとってはそれ以上に、ここに並んでいる数学の道具を学び直すことの方が大きい。

この連載でやりたいこと

この連載でやりたいのは、論文の結論だけを追いかけることではない。
EML の式変形を最初から追って、「なるほど、全部こう書けるのか」で終わるのでは、たぶん僕自身の力にはなりにくいと思う。

僕がやりたいのは、論文を入口にして、そこに並んでいる関数や演算を一つずつ学び直すことだ。
つまりこの連載は、論文紹介であると同時に、僕自身の学習ノートでもある。

指数関数とは何か。
対数とは何か。
逆関数とは何か。
三角関数とは何か。

それぞれを、ただ名前で知っている状態ではなく、道具として使える状態に近づけていきたい。分かったつもりのまま先へ進むのではなく、土台を少しずつ整えながら進みたいと思っている。

なぜこの論文は、学び直しの入口としてちょうど良いのか

この論文は、一般的な数学書のように「初等関数とは何か」を広く抽象的に定義するのではなく、科学計算機で見慣れた具体的な関数群から出発している。その意味で、とても手がかりがはっきりしている。論文でも、古典的な微分代数の一般論のレベルまでは必要なく、ここでは ordinary scientific-calculator point of view を取る、と明言している。

この点は、僕にとってかなりありがたい。
学び直しをしようと思っても、範囲が広すぎるとどこから手をつけるべきか分かりにくい。その点、この論文は最初から「ここに並んでいるものを対象にする」と決めてくれている。だから、「この表にあるものを順に理解していこう」という形で進めやすい。

また、関数をただ列挙するのではなく、それらのつながりまで最初から意識させてくれるところも良い。単独で覚えるのではなく、関連の中で理解していくための入口として、かなり都合が良い論文だと感じた。

たくさんの道具は、本当はかなりつながっているらしい

論文の導入で特に面白いと思ったのは、たくさんの関数がただ並列に並んでいるのではなく、かなり深くつながっていると最初から示していることだった。たとえば論文では、掛け算を指数と対数で表す式
x × y = e^(ln x + ln y)
や、足し算を指数と対数で表す式を挙げている。また Euler の公式
e^(iφ) = cos φ + i sin φ
によって、三角関数も複素指数関数の別の顔として見られると説明している。

これは、学び方としても大事な視点だと思う。
関数を一個ずつ孤立した知識として覚えるのではなく、「この道具は別の道具とどうつながっているのか」を見ながら学ぶ方が、ずっと理解しやすいはずだからだ。

指数関数と対数関数。
三角関数と複素数。
逆関数という見方。
双曲線関数と指数関数。

こうしたつながりを少しずつ見えるようにしていけば、単なる暗記の集まりではなく、数学の中にある構造として理解できるかもしれない。僕はその感覚を、この連載の中で少しずつ育てていきたい。

いきなり EML の結論を追うより、まずは土台を整えたい

論文は、EML と定数 1 から、最終的に整数、分数、根号、eπi、さらには通常の初等関数全体が再構成できると述べている。しかも、EML 形式では式全体が「同じノードを持つ二分木」になり、
S → 1 | eml(S,S)
のような非常に単純な文法で表せることまで書かれている。

かなり魅力的な話ではあるけれど、僕はこの段階ではその結論に飛びつきすぎないようにしたい。
なぜなら、元になる関数そのものを理解していないままでは、「こう書けるらしい」で止まってしまうからだ。

たとえば ln が何なのか、exp が何なのか、逆関数とは何なのかが曖昧なままでは、EML の面白さも本当の意味では見えてこないと思う。表面的に式変形を追うことはできても、その意味を自分の中で支えられない。

だから僕は、まず土台を整えたい。
遠回りに見えても、その方が結局は先まで進めるはずだと思っている。

だから、この連載ではまず道具そのものを見ていく

この連載では、関数を暗記項目として並べるのではなく、何をする道具なのかという観点で見ていきたい。

指数関数は何を扱う道具なのか。
対数関数は何を戻す道具なのか。
三角関数は何を表す道具なのか。
逆三角関数はどういう意味で逆なのか。
双曲線関数はどこで指数関数とつながるのか。

そうしたことを、一つずつ丁寧に整理していきたい。

論文の Figure 1 では、EML と 1 から始めて、まず eexpln-12+1/x×x^2 などが現れ、そのあとに三角関数、逆三角関数、双曲線関数、逆双曲線関数が続いていく流れが描かれている。つまりこの論文自体も、土台から順に広がっていく構造を持っている。

だから僕も、まずは土台から始める。
いきなり全部を理解しようとするのではなく、最初は「関数とは何か」というところから入り、そのあとで逆関数、exp、ln、三角関数へと進んでいく形にしたい。

この連載の目標

この連載の目標は、論文を読んだ記録を残すことだけではない。
僕自身が、ここに並んでいる数学の道具を一つずつ理解し、少しずつ使える形に近づけていくことだ。

第1回の時点では、まだどれか一つの関数を深く説明したわけではない。
けれど、出発点としてはこれで十分だと思う。僕がなぜこの論文に引っかかったのか、なぜこれを入口にして学び直したいと思ったのか、その理由はかなりはっきりした。

この論文は、僕にとって単なる面白い論文ではなく、数学の道具箱を整え直すきっかけになった。
だから次回からは、その道具箱のいちばん手前にある基本から始めたいと思う。

まとめ

Xで見かけた論文 All elementary functions from a single operator は、EML という一つの演算と定数 1 だけで、科学計算機で使う標準的な初等関数群を再構成できると主張する論文だった。しかもその出発点として、指数関数、対数関数、三角関数、平方根、べき乗、双曲線関数など、具体的な関数や演算が一覧として明示されている。

僕はこの論文を見て、「面白い結論の論文だ」と思うだけでなく、「数学のツールセットが並んでいる」と感じた。
そして、その一つ一つに対して、自分の理解がまだ十分ではないとも感じた。

だからこの連載では、論文の結論を急いで追うのではなく、そこに並んでいる道具を一つずつ丁寧に学び直していく。
次回はその最初の土台として、関数とは何か を整理してみたい。