新作ビジュアルノベルゲーム『吸血天使のユニット戦線』開発中だよ!

「創作の世界は広すぎるから、創作する理由は自分なりに決めておこう」

皆さん、創作していますか?

私は現在ビジュアルノベルゲームを制作中です。

創作の世界は広い、そして自由。

私は物語を紡ぐことを中心に行っていますが、クリエイティブな行動という表現にまで範囲を広げると、全ての人が何かを創作しているのではないでしょうか。

それくらい、人間にはなくてはならないものだと思います。

さて、今回はタイトル通り、その広すぎる世界ゆえに揺らぎがちな部分を語っていきます。

世の中、特にネット上では創作論が盛んに論じられていますが、そこで時折思うことがあります。

これは創作テクニックを披露するものではなく、批判する議論なのでは? と。

もちろん議論していれば反論が生まれるのは必然。
しかし、まず前提として、創作とは自由なものなのです。

ある目的のための最適と思える解はあるにせよ、それを他人に押しつけたり異なる手法を否定するものではないと思うのです。

そして、特にこの手の議論で炎上しているものの多くが、前提条件が食い違ったまま議論を進めているということです。

例えば、商業作家と非商業作家では考え方が大きく変わります。
非商業作家でも、いずれ商業を目指す人なのか、ただ趣味作品を作りたいだけの人なのかでも違います。

そのあたりの意識の違いが、創作論には大きく影響するので、俯瞰してやりとりを見ていると、おかしいなと思ったりしちゃうわけです。

と、これは創作論の話ですが、創作者自身の意識でも同じようなことは起こるのです。

例えば、「趣味でやってるんだから自由にやらせてくれ」というタイプの方がいるとしましょう。
しかし、今の世の中、ネットの世界ではプロとアマチュアが同じ土俵で戦えてしまったりするわけです。

するとどうでしょう?
「あわよくば商業デビューしたい」という気持ちが生まれることも少なくないと思うのです。
別段これは悪いことではありません。

問題となるのは、この考えを持ちながらも「自由にやる」という部分を保持する際の思考です。
例えば、人気のないジャンル、商業ではあり得ない表現手法を採用したとしましょう。
もちろん創作は自由なので問題ありません。

ただ、その選択によって人気が出る可能性を狭めてしまうのは理解しないといけません。

「いい作品なのに人気が出ない! なぜなんだ!」などという疑問を持ったり、あまつさえ商業作家をずるいなどと批判するようであれば、そもそも創作に向いていません。

人気のないジャンルを選んだなら、それにともなう全てを受け入れなくてはならないのです。
そういう部分も含めての自由。
それが創作の良いところです。

ですから、創作する理由は自分なりに決めておこうと言うのです。

比較対象は数多あり、プロを含め才能あるすごい人がゴロゴロいる世界です。
商業作家を目指すならとことん実力をつけましょう。

趣味で自由にやるのなら、プロに及ばない部分はきっちり受け入れる。

そうやって、自分にとっての創作とはどういうものなのか、何が表現したいのかというのを固めていく必要があると思うのです。

これについては難しいところで、趣味全開の同人作品が超有名商業作品に昇華した事例なんかがあったりもしますね。
そういう事例があると、うっかり自分もプロになれるのでは? っと思うかも知れませんが、大抵そういうケースは趣味と言えどもすごい才能があったりするんですよね、それも天才的な。

明確なライセンスなんかがない分、参入は簡単なのですが、実力差は歴然というか、残酷なほど数字で示されます。

結局、創作という非現実を生み出す作業をしていながらも、現実を直視しなくては上手く進められないのです。
考えれば考えるほどに、頭が痛くなりそうです。

ですから、創作をする人には、自分なりの創作スタンスというか、理由を持って欲しいなと思うわけです。

と、最近創作関係で実力不足な方々が暴挙に出るのをお見かけするので、その防止策も込めて語らせて頂きました。

皆様の創作が、皆様にとって素敵なものであり続けることを願っております。